体験(経験)至上主義だけではなく、バランスが大切ではないでしょうか。

 

会社にいた頃、「現場において自分で経験・体験したことこそ真実で、机上で学んだことなど役立たない」という話を何度か耳にしました。

まあ、自分でもかなり追い込まれて、必死で現場で汗をかいた事は深く身に付いていて、何年たっても忘れないのは確かです。

文字通り、体得する世界ですね。

いわゆる、その道の一流になるためには、1万時間の修養・練習が必要だと言われているように、長い期間、実際に心身をフル稼働して身に付けるワザ、という世界はあると思います。

一芸に秀でた人は多芸に通じるというように、1つのことを極めたことの素晴らしさを示した言葉もあります。

ただ。

単に私自身が物事を極めていないからかもしれませんが・・・

経験至上主義、経験主義一辺倒になると、

自らの体験のみを絶対化したり、身に付けた特殊能力に有頂天になるような危険性を、同時に孕んでいるような気もします。

それを防ぐためには、自身の世界(体験・経験)に埋没し切るのではなく、時にはそれ自身を相対化する、例えば反対の世界に触れてみる、より広い考え方に触れてみる、違った理論を学んでみることも大切なのではないでしょうか。

要するに、バランスが大切だと思います。

時には違ったものに触れてみる、理論を学び研究することが大切な気がします。

到達した世界に安住し続けるのではなく、常に自分を相対化していくことが大切だと思います。

別に、絶え間ない成長至上主義でいなさいということではなく、より広い世界があることを意識しておく、という意味です。

 

ここで僭越で恐縮ながら私自身のことを書かせて頂くと・・・

私は、意識の世界を深く探究することに興味を持っています。

このために、ヘミシンク、瞑想などの実修(体験)を行っていますが、同時に、心理学、仏教、ヨーガ、哲学などの世界を学ぶこともしているつもりです。実修と理論の両方です。

さらには、社会学、歴史など、一見、あまり関連の無い世界についても触れていますが、それらも自身を相対化する上でこのうえなく役立っています。

たまたま出会ったものを、運命の出会い的に「自身の全ての世界」として扱うのではなく、あらゆるものを相対化し、視野を広げていきたいと考えています。

まあ、いつか時が来ると、それらを知識を捨て去ってしまうかもしれませんけどね。

今は視野を広げ、相対化する時期かな、と考えています。

 

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