オードリー若林さん的な「自分探し」完結の書も面白い! -ナナメの夕暮れ-

 

前著 社会人大学人見知り学部 卒業見込から3年。

半年の休載を経て、雑誌ダ・ヴィンチで連載されたエッセイを元に、書きおろしエッセイも加えた書ナナメの夕暮れが、2018年夏に出版されました。

40歳目前のオードリー若林さんですが、ご本人曰く、ずっと自意識過剰考えすぎ、人見知りだったそうです。

そんな若林さんは2008年、30歳にしてM-1グランプリ2位になったことをきっかけに売れ始め、現在に至るわけですが、

前著 社会人大学人見知り学部 卒業見込にあったように、ご自身にとっては、売れ始めた30歳時点が「社会人1年生」と言える時であり、一般社会と関わりを持ち始めた時なのです。

一般社会とご自身のズレに葛藤を抱きながらも社会のなかへの入って行き、そして「ナナメの視点での見方」であったり「自分探し」完結!したことを綴ったのが、本書ナナメの夕暮れです。

 

その過程には恐らく、社会のなかで様々なと出会い仕事を行う中で気づいたことがあったり、ゴルフなどのいわゆる世間で一般とされる趣味に手を出してみたり、、、

ご本人の仰る加齢という要素もあるでしょうし、中堅の芸人として年下の人々とも関わるようになったことも大きいのではないかと推察します。

加えて、ご自身の中で社会、とりわけ他人の考え方・評価などを実体験として理解できたことで、今まで想像上の恐怖だった「他人にどう見られているか?」といった点が案外に大したことでは無い、と思われるようになったのかな、とも思ったりします。

(実際に、本書内で「他人にどう見られているか、の恐怖」がご自身の生きづらさの大きな要因だったと仰っています。)

 

そして。

「あ~そうだな」と共感したこととして。

若林さんは近年、世相的な事をよく理解するために「家庭教師についている」と書かれています。

まず大前提として、家庭教師から、産業革命以降の世界史、明治維新後の日本史を読むように言われ、実際にそれらの教科書を読んだ後、家庭教師のレクチャーを受けることで、現在の制度・思想は、別に完全なものでは無い、時の為政者の都合のよいように作り変えられてきたものだ、と気づかれます。

そうすることで若林さんは、生き辛かった現代社会を「所与のもので大前提」として必ず受け入れて適応すべきものではなく、相対的なもの・距離を取ってもよいもの、場合によっては離れてもよいものもある、と悟られます。

 

前述のとおり、若林さんの変化は、ご自身の体験によるところが大きいでしょうが、こうした歴史に学ぶことも、視野を広げる、視点を変える、既成の価値観を相対化するの大いに寄与していると思います。

近代・現代史を学ぶことはもちろん、社会学、心理学、哲学などを学ぶことによっても大いに自身の既成の価値観を相対化してくれるでしょうね。

私自身、これら分野の本を読み、学ぶことで、「歴史は繰り返していること」「私たちが常識だと思っていることには案外正当性がないものがあること」「私たちの考え方・信念は外部環境によって簡単に書き換えられる(マーケティングなどにより刷り込まれると言った方がよいかも知れません)こと」などなど、数えきれないほど認識を新しくさせて頂けました。

 

最後の方は手前味噌っぽく力説してしまいけしたけど・・・

若林さんの本ナナメの夕暮れは、前著 社会人大学人見知り学部 卒業見込と一緒に読んでみると、たいへんに興味深く思われるに違いないと思います。

ぜひご一読ください!

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA