実は「インターネットなど現代社会」に関する考察が面白い! 〔戦争する国の道徳〕
「戦争する国の道徳」。
過激なタイトルですね。
本書は、小林よしのり氏、東浩紀氏、宮台真司氏が、ゲンロンカフェという場で鼎談された内容を書籍化したものです。
このため、本のタイトルのような戦争、テロなどについても話されているのですが、縦横無尽に話題がいろいろと展開しているのが実態です。
「現代社会について語る」というタイトルの方が実態に合っているように思えますね。
さて、私自身は本のタイトルのような話題には詳しくないため、この点へのコメントはしません。
今回は、本書の中でも私が面白いなぁ、興味深いなぁと感じた点、すなわちインターネットに関する考察を中心に書かせて頂きます。
本書から抜粋しながら書かせて頂きます。
インターネットの情報はまったく草の根ではないということです。〈中略〉
単純にカネを持っている人たちがチームをつくり、代理店が物量作戦でビッグデータを分析し、大衆はその目論見通りに動かされるだけなんですね。
参入障壁が低い分、個人が何かを立ち上げ、ニッチな分野で活躍する余地が大いにあるため、ミクロに見ればチャンスに溢れていると思いますが。。
確かに、情報提供系のサイト等では、共同で(つまり、複数人の協力=会社のように)ホームページを立ち上げ、圧倒的な情報力と機動力でアクセス数を稼ぐという事例が増えてきているように思います。
マクロに見れば、この方向性なのでしょうね。
次に。
インターネットを支えているのは「みんながいいと言ってるなら、それはいいものだ」というロジックですね。
でもそれは、情報技術が生み出したものでは無く、究極的に資本主義の構造そのものなわけです。
たとえば、金融市場は「みんなが株を買っているから自分もその株を買う」というメカニズムで成立する市場です。
先日のブログで「ホロン」について書かせて頂きましたが、この文章を読んでみて私は、インターネットという場(=大きな、フラットな集団)に同一化することで、自律性・個といった自己主張的な側面が奪われている典型例に思います。
IT業界で有力なのは〈価値評価をしない〉という強力な価値観なんですね。(中略)
ようするにそれは、価値相対主義ですが、そこに数量化が入るところが厄介なんです。
数量化とは、例えば、フェイスブックの「いいね!」の数とか、Youtubeの再生数などです。
価値相対主義の場合、マイナーな意見自体も取り上げられて然りなのですが、数値化されることでランキング上位のみが取り上げられてしまい、後は捨てられます。
結局のところ、数によって価値が計測され、その内容や深さが捨て去られてしまっているように思えます。
論者たちは、2010年頃から、そのような変化があったと言われていますね。
こういった状況を踏まえ、話は、個の内発性(他人は関係なく、自分が好きだという、内から湧く力)の大切さ、共同体感覚を養うことで、当たり前とされてきた価値観を醸成することの大切さなどに繋がっていくわけですが・・・
要は、インターネットって、現代社会の特徴である価値のフラット化、グローバル化、スピード化、二極化などを助長するプラットフォームであって、本書中にもあるし、ブログ中にも書かせて頂いたように、ますます資本主義が極端化している点にこそ本質があるような気がします。
グローバル化、スピード化、孤立化していく中で、どうやって個を確立していくか、本書では、まずは集まって住む=共同体を再興することから始めてはどうか、と締めくくられます。
個人的な経験では、伝統的共同体の同調圧力の強さに辟易としていますので・・・新たな共同体のあり方を模索すること(=もっと緩やかに、フレキシブルに、でもある程度の深みを持つこと)が大切だと思います。
私自身、いろいろと実践する機会を設けたいな、と思っています。
さて、本書のタイトルそのものとはかなり異なった内容のご紹介となりましたが、本書「戦争する国の道徳 安保・沖縄・福島」は鼎談だけあって、いろいろな話題があるため、思わぬ点が参考になり得る本だと思います。
ご興味を持った方は一読されてみるのはいかがでしょうか!