「病」は市に出せ!という価値観が印象的な「生き心地の良い町」のお話

 

徳島県にある旧海部町。

※現在は合併により海陽町となっています。
 以下、旧の文字は付けず、単に「海部町」とよびます。

徳島県の南端の太平洋に面した人口3千人(=合併前)ほどの町。

そのような、一見、周りの市町村と同じような自然に恵まれた海部町は、近隣の市町村と比べて、自殺率がとても低い町なのだそうです。

コミュニティの特性と自殺率の関係に関心を持ち続けていた岡檀(おか まゆみ)さんは、「この自殺率の低さには理由がある」と考え、その後何度も海部町を何度も訪れて、その原因を探ることになります。

この、岡さんの本「生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由(わけ)がある」は、大学院の博士論文を元にしたものです。

 

それゆえ、海部町を選ぶにあたって、近隣はもちろん全国的な統計なども調査されていますし、調査にあたっても目的を定めたインタビューを敢行されています。

(とは言え、海部町を選んだことに「若干の」疑問はありました。これは、今後の研究課題と言えるかもしれません。後述します。)

また、この研究の独自性は、自殺率の多発地域と自殺危険因子(原因)を扱うのではなく、自殺希少地域と自殺予防因子(どういう理由で自殺が少ないのか)について研究している点にあります。

 

実はこの、岡さんの扱ったテーマは、今までほとんど研究されてきませんでした。

「ある事象が発生したことの原因を探る」のではなく、「ある事象が発生しなかったことの原因を探る」のは難しい、というのが大きな要因でしょうね。

確かに、難しい研究課題だろうと思います。

 

さて、その研究結果については、目次より抜粋(プラス若干の補足)することで、その概要を示したうえで、私自身が印象に残った点を書きたいと思います。

まず、5つの自殺予防因子について。

①いろんな人がいてもよい、いろんな人がいたほうがよい。
  =多様性を受け入れること。

②人物本位主義をつらぬく。
  =その人の問題解決能力や人柄を見て判断する。

③どうせ自分なんて、と考えない。
  =自分の意見を持ち、政治にも積極的に参加する。自己効力感を持つ。

④「病」は市に出せ。(後述)

⑤ゆるやかにつながる。(後述)

という特性があるようです。

多様性、人物本位、自己効力感などは、なるほど、と思いますが、一見「ゆるやかにつながる」というのは意外な気がしなくもないですよね。

この辺りについて、私も印象に残りましたので、少し詳しく書いてみます。

まず、「ゆるやかにつながる」という点については、海部町の特性・歴史と関連しそうです。

海部町は、江戸時代より材木の集積地として栄えていました。一攫千金を狙っての労働者など、多くの人が流れ込んできたし、出入りも結構あったと思われますが、

このような多くの移住者によって発展してきたという点が、周辺の町とは違った、地縁血縁が薄めの多様な人からなるコミュニティを作ってきたと考えられるのです。

そのような環境下、人々は「朋輩組」という互助組織、「当屋」という町内会のような組織など、固定されない複数の人間関係の中で多様な人々を受け入れ、他人の意見を尊重しながらゆるくつながって生活するという傾向があるのです。

そして、聞き慣れない言葉かもしれませんが、このような環境の中で「病は市に出せ」という価値観があるのです。

これは、単なる病気のみならず、家庭内のトラブルや事業の不振など、生きていくうえでのあらゆる問題を早めに開示せよということで、そうすれば周囲が何らかの対処法を教えてくれるということです。

問題は起こるのが当たり前で、大ごとにならないうちに早めに開示する、しかも個人的な悩みまでを開示できるという点が大きな特徴なのです。

 

一冊の本の内容をこんなにも短く書くということは、どうしても還元的になるし、漏れも出てきてしまうのですが・・・

人々はしっかりと自分の価値観を持って生きているがゆえに、普段は人に過干渉することなく、ゆるやかにつながっている。

しかし、ある意味セーフティネット的な存在として、問題や大ごとが起きたときには皆で協力し合って助け合うような体制(朋輩組など)もあるし、人々の意識もそうなっている。

という印象を持ちました。

私が住む地域とはかなり違いますし、なかなか難しいことなのでしょうが。。。

 

この本は、自殺希少地域と自殺予防因子の研究を通して、コミュニティ・地域はもちろん会社組織にも通じる大切なことを語られているのではないでしょうか。

 

最後に。

研究論文とは、先人の研究を元に、どんどんと思索・研究を発展させていくものです。

この、岡さんの研究においても、海部町という一つの町の調査と考察だけではなく、他に地域の考察も進めていって、新たな知見が得られていくことになるのではないかと思います。

その中の1つが。

実は自殺希少地域の全10位のうち、何と9つが「島」部でした。(本州、四国、九州、北海道など、比較的大きな島ではない、いわゆる小さい島のこと)

岡さんは、島という、ある意味特殊な環境ではなく、国民の多くが住む「標準的なコミュニティ」という意味で、海部町を選ばれたのですが、

もし島部を選ばれれば、多様な人がいるとか、ゆるやかにつながるという要因は導かれなかった可能性があります(これが前述の、若干の違和感です。)。人の出入りが少ないはずなので。

これら研究が今後も進むと素晴らしいですね。

 

 

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