意外にも「絆」でストレスを感じるというお話 -香山リカさんの「絆ストレス」-
以前より私は、「つながること」「社会のなかで居場所を確保すること」を主張する本をご紹介させて頂いてきました。
今回は、この「つながる」ことを相対化(「つながる」ことを絶対化せず、視野を広げ、距離感を持って捉えること)する意味でも、香山リカさんが書かれた「絆ストレス 「つながりたい」という病」という本をご紹介します。
この本の発刊は2012年10月です。
不幸にも2011年に発生した東日本大震災の際に、あらゆる機会に唱えられた「絆」という言葉。
勿論この絆により、あの未曾有の危機に多くの方が救われたことは間違いありません。被災地以外の方も絆の大切さを改めて認識されました。
そのような中、一方で、同調圧力の強さというか、選択の無さの不自由さを感じ、「絆より個人的自由」を選ぼうとした女性の話が紹介されます。
香山さんは、決して尊大でもない不謹慎でもない口調(文章)で、「とにかく絆」を最優先の過度な目標にしすぎることで目に見えないストレスに苛まれている人もいることを忘れてはならない、と言われています。バランスの問題だと思います。
恐らく、あの不幸な出来事により「絆」が大きくクローズアップされたことが、この本の大きな執筆動機になったのだと思いますが、実はこれ以外にも、様々な場面で絆というか、同調圧力があります。
それは、SNS(ソーシャル・ネットワークサービス)です。
執筆当時はツイッター、フェイスブック、今だとLINEでしょうか。
「つながりたい」から始めたけれども、あまりにも多い情報とそれへの小まめな返答が煩わしかったり、書かれたメッセージの真意が分からないにも関わらず深読みし被害妄想的になってしまう場面も頻繁に見られるようになりました。
「気軽なゆるいつながり」とはいかず、SNS疲れが社会問題化しています。
香山さんはこのような現象を踏まえ、「他人と自分を比較してしまう傾向」に警鐘を鳴らすと同時に、「社会的手がかりの無さ」にも十分気を付けるよう、言われます。
「社会的手がかりの無さ」とは、あまり聞きなれない用語ですが、社会心理学で用いられる「コミュニケーションにおける【ことば以外】の要素」のことです。
例えば、電話ならば声の調子、対面ならば表情、しぐさなどことば以外から入ってくる情報が大量にあります。
会社員時代、プレゼンテーションの場面において聞き手は、言語として7%、口調などの聴覚情報が38%、仕草などの視覚情報が55%の割合で、情報を捉えている。だからプレゼンテーションの場面では、とにかく見易い資料と、明るい表情ではっきりと話しなさい、と研修などでよく言われていました。
これはメラビアンの法則と言い、元々は、聞き手が「言語情報」「聴覚情報」「視覚情報」の3つの手段でそれぞれ矛盾した情報を与えられた時、どの情報が優先して受け止められるかということを示したもののようですが、それが拡大解釈された観は否めません。が、まあそれは置いておいて。。。
我々の日常生活でもこのことを実感する場面は多々あるように思います。
例えば、メールでのやり取りの場面です。
このような書き言葉でも、!(びっくりマーク)や顔文字を付けることである程度感情を伝えることはできるとはいえ、それでも音声、視覚情報に著しく劣ることは間違いないと思います。私自身現在でも、メールのやり取りで意図が正しく伝わらなかったり、相手からの真意が汲み取れないことがあり、ついつい補足が増え、長めの文章を書きこんでしまうことがあります。
SNS、もっと言うと、書き言葉での「つながり」を求める場合の顕著な問題点の一つでしょうね。
香山さんはこれ以外にも、家族の絆、男女別の絆の特徴、母娘を縛る「強すぎる絆」などに言及されています。
男性の立場から見ると、女性の絆について、なるほどと思うこともありました。と同時に、単純に男女などで分けられるものではなく、パーソナル(個人個人)でかなり異なるから一括りにできない面も多々あるとも思いました。
「絆」を相対化する、という意味ではなかなか興味深いと思います。