原始仏教における「目的」は何なのか? 《原始仏教・原始仏典について》

 

原始仏教における【目的・目標】は何でしょうか?

 

これはもう、これでもかと言うほど、原始仏典の様々な箇所で言及されています。

 

その目的・目標は?

解脱し、涅槃に至ることです。

 

以下、補足させて頂きます。

仏教はインドで生まれました。インドには古来より、輪廻、すなわち人間は何度でも生まれ変わるという思想があります。

※注釈
 輪廻思想は仏教発祥時に取り入れられたとの説もあります。
 が、ここでは「インド古来の思想」と位置付けておきます。

この世界に生まれてくることが「苦」、すなわち生まれることで憎い人に出会ったり、愛する人と別れたり、病になり、老いて死んでしまうというに満ち溢れていると捉えたブッダは、輪廻から脱する=もう生まれてこないこと=解脱することを目的に修行生活に入り、目的を達成したのです。

仏典の中では、「もはや再び、この迷いの世界に生まれ変わることは無い(沙門果経)」とか「生まれることはすでに尽きた。(中略)もはや、ふたたびこのような生存を受けることはない(布吒婆楼経)」などと解脱のことが随所に書かれています。

そして涅槃とは?

苦を滅尽し、もはや生まれ変わることのない「最高の楽の境地」のことです。

ただ冒頭で私は、涅槃に「至る」という表現をしましたが、もちろんどこか別の場所に出かけるというような意味ではなく、個人の内面の変化のことです。ヘミシンク流に言えば、意識のフェーズが変わった状態(+智慧も必要ですけど)だと思います。

 

では、どうやって目的・目標を達するのか?

これは一言でシンプルにはとても書けません・・・

取り敢えずは、欲望の煩悩(汚れ)から心は解放され、生存の煩悩から解放され、無知の煩悩から解放されること(「マハーリ経」「種徳経」「沙門果経」など)と書かせて頂きます。

そこに至るための主要な方法として八聖道、つまり小・中・大の様々な守るべき戒めがあり、禅定の段階があり、正しい念をもち、智慧を得ることが求められるのです。

また、原始仏教においては基本的に、日常の様々な「執着の元」から自身を守るために出家し、修行に専念することが求められています。また、働くこと、物を所有すること、定住することすら禁じられています。これらは執着の元と考えられ、これらから離れることが求められているのです。

日本の仏教で語られていること、要求されていることと大きな違いがあることが分かります。日本の仏教では解脱という言葉は出てきませんし、出家の内容もかなり異なっています。

さて、今回は、主に原始仏教における目的について書かせて頂きました。

「どうやって目的・目標を達成するのか?」という部分については少々中途半端な記述となってしまいましたので、次回以降書かせて頂きます。

 

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