Yoichi Tsuganiのフロー日記

池上彰さんが仏教を分かりやすく解説した! -池上彰と考える、仏教って何ですか?-

time 2017/06/28

 

池上彰氏は、政治・経済系のジャーナリストと思われ勝ちですが、宗教に関する本も多々執筆されています。

今回はそんな中の一冊「池上彰と考える、仏教って何ですか?」をご紹介します。

 

池上さんらしく、この本は、冒頭から仏教の概要を分かりやすく簡潔に説明されていますね。

仏教の起源、釈尊の生涯、諸行無常・一切皆苦などの基本的な教義、日本に広がった大乗仏教において導入時・鎌倉仏教・現在に至るまでの状況を、簡潔かつ分かりやすく説明されています。

 

そして後半(第2章)は、チベットの高僧:タムトク・リンポチェダライラマ14世との対談が掲載されています。

池上さん曰く、

日本の仏教は死者を弔うことに特化しすぎました。

ダライラマ法王がおっしゃっていますが、私たちが仏教との接点を見いだせなくなったために、その真価が伝わっていないのです。

この辺りの問題意識から、第2章すべてをチベット高僧との対談に割かれているのでしょうね。

 

さて、本書の中で最も印象に残った点を一つだけ挙げさせて頂きます。

曰く、

ブッダ自身、涅槃の境地に至り、悟りを開いた後も気をつけていました。

たとえばブッダは、一ヵ所に長くとどまることなく、一生旅を続けました。

すでに煩悩の姿を見極めたブッダでさえ、油断するとまた、からめとられてしまう。

煩悩というのは、それほど人間にとって根源的なものなのです。

 

私が知る限り、「悟った後に気をつけないといけないこと、落とし穴」について言及されている本は、案外少ないように思います。

 

どういうことかと言うと。

例えば、仏教では身体などからの刺激こそが大きな障害(五蘊盛苦:ごうんじょうく)の1つと捉えられており、これらを制御する、離れることが大切なこととなっています。

たとえ、涅槃の境地を垣間見た(=悟った)釈尊でさえ、現に肉体を持って生きていることで、常に五感のもたらす欲などに苛まれる可能性があるということです。

仏典には「悪魔が釈尊の元に来てささやく」との記述がしばしば見られますが、これは、たとえ覚者でさえも常に様々な苦に接触することの象徴的な表現だと思います。

 

そういった点を踏まえ、「悟りを開いた後も気をつけていました」とか「ブッダでさえ、油断するとからめとられてしまう」という記述こそ、鋭い認識だと言えると思います。

このような事実(記述)を良く知っておれば、「覚者と称する人」についても、普段の生活を観察することで真偽を見分けられるのではないでしょうか。

このような「池上彰と考える、仏教って何ですか?」、分かりやすくて良い本だと思います。

 

 

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